●ねらい
皆さんはこれまで政治学の「消費者」であったことだろう.この講義では,政治学の「生産者」となるためには,いかなる考え方や技能を取得しなければならないかを考えていく.政治学の論文を書くとはいかなる営為なのか,論文を書くために求められる作業にはいかなるものがあるのか,そもそもよい論文とはどういったものなのかといった問いが,この授業の検討対象である.
学問分野としての政治学方法論とは,現代政治の実証分析における実証の作業,手法に関する「科学性」をいかにして担保するかを論じるものである.しかし,この講義においては,二つの点でいわゆる政治学方法論よりも広い課題を扱う.第一に対象とする領域を広げる.現代政治の実証研究を主たる念頭に置くものの,歴史研究や思想研究における方法論についても扱う.実証研究を行うものにとっても,歴史や思想の研究を志すものにとっても,隣接領域の方法論を知ることは,自らの方法論を相対化し,その特徴を理解する上で有益である.第二に対象とする作業を広げる.実証研究の方法のみならず,そもそもいかにして問いをたてるのか,どのように読書をするのか,どのように論述を進めるのかといった前提となる一連の作業についても扱う.
●進め方
前半の9回では,毎回,課題文献を指定するとともに,考察すべきポイントを提示する.受講者はそれらのポイントについて自らの見解を事前にまとめておくことが求められる.各回の講義では,報告者を定めず,ディスカッションを進めていく.課題文献のコピーは用意しないので,各自が用意すること.
後半の4回では,実際に各自がリサーチデザインを組み立てる練習をしてもらう.相互に批判を行うことにより,リサーチデザインに求められる要素はどのようなものなのかを会得してもらう.
●講義計画
0.イントロダクション
1.論文を構成する要素は何か.論文の約束事とはどういったものだろうか.
宗前清貞.2008.「医療保険をめぐるガバナンスの政策過程」日本政治学会編『年報政治学』2008-II: 100-124.
曽我謙悟.2006.「政権党・官僚制・審議会:ゲーム理論と計量分析を用いて」『レヴァイアサン』39: 145-69.
・論文を構成するための要素としてどのようなものがあるだろうか.課題文献には含まれていない他の要素としてはどのようなものがあるだろうか.
・どのような構想や作業に基づいて,課題文献は作成されたのだろうか.推測しなさい.
・図表,文献,注は論文においていかなる役割を果たしているか.それらを用いる際の約束事は何だろうか.
2.問いをいかにして設定するのか
曽我謙悟・待鳥聡史.2007.『日本の地方政治』名古屋大学出版会,はじめに,1章,あとがき.
・筆者のそもそもの問題関心はいかなるものであったろうか.
・どのように問題設定はなされているだろうか.問題設定においては何が重要なのだろうか.
・分析対象に対して,課題文献とは別の問題設定としてはどのようなものが考えられるだろうか.
3.先行研究の批判と検討
増山幹高.2003.『議会制度と日本政治:議事運営の計量政治学』木鐸社,1章,2章.
・先行研究の検討と筆者の主張にはどのような関係があるだろうか.
・先行研究の検討にはどのようなスタイルがあり得るだろうか.その中で課題文献のスタイルはどのように位置づけられるだろうか.
・課題文献で取り上げられている先行研究のうち任意の一つを選択し,その研究を読んだ上で,先行研究のどの部分が検討の対象になっているのか.その取り上げ方は妥当かを検討しなさい.
4.いかにして議論を構築するか.
戸田山和久.2005.『科学哲学の冒険:サイエンスの目的と方法をさぐる』日本放送出版協会〈NHKブックス 1022〉,1~4章.
・帰納と演繹とはそれぞれいかなるものだろうか.それぞれの強みと弱みは何だろうか.
・帰納と演繹を用いることは,論文を書く上で絶対に必要なのだろうか.これらを用いない方法はあるのだろうか.
・帰納と演繹のそれぞれをうまく行うためには,いかなるトレーニングが必要だろうか.
5.理論は何のために用いるのか
建林正彦.2004.『議員行動の政治経済学:自民党支配の制度分析』有斐閣,1章,3章.
・様々な理論の中からある理論を用いる理由は何なのだろうか.どのように理論の選択を行うのだろうか.
・理論を具体的な現象の分析で用いる際に注意しなければならないことは何だろうか.
・理論を実証につなげていくためには,どのような作業が求められるのだろうか.
6.実証1:計量分析
Levitt, Steven D., and Stephen J. Dubner. 2005. Freakonomics: A Rogue Economist Explores the Hidden Side of Everything. William Morrow & Co..(望月衛(訳)『ヤバい経済学:悪ガキ教授が世の裏側を探検する』東洋経済新報社,2006年),1章,4章.
・仮説をどのように操作可能な作業仮説に転換しているだろうか.
・観察が難しい変数をどのようにして測定しているのだろうか.
・計量分析により可能なことは何だろうか.計量分析ではできないことは何だろうか.
7.実証2:事例研究
上川龍之進.2005.『経済政策の政治学:90年代経済危機をもたらした「制度配置」の解明』東洋経済新報社,1章,4章,5章.
・事例研究によって仮説の検証は可能なのだろうか.
・事例研究において必要となる作業はどのようなものだろうか.
・一つの事例からどれだけのことを知ることができるだろうか.多くのことを知るためにはどのようにすればよいのだろうか.
8.歴史研究
三谷太一郎.2001.『政治制度としての陪審制:近代日本の司法権と政治』東京大学出版会,あとがき,2章,結論.
・歴史研究において筆者のオリジナリティはどこに現れるのだろうか.
・歴史研究において資料はどのような意味を持つのだろうか.
・歴史研究と現代政治の実証分析を方法論として比べたとき,どのような違いがあるのだろうか.
9.思想研究
森政稔.2008.『変貌する民主主義』筑摩書房〈ちくま新書722〉,はじめに,1章,2章.
・筆者の考える「政治思想」とはいかなるものだろうか.それはあなたのこれまでの理解と同じか.
・政治思想を形成する要因はどのようなものなのだろうか.
・政治思想研究と実証研究とはどのような関係にあるだろうか.いかなる関係を築くことができるのだろうか.
10~14.各自のリサーチデザインの発表と相互批判
・報告者は一週間前までにリサーチデザインを参加者全員にメールで送る.
・報告者以外のものは,どの点をどのように改善できるか,具体的にできるだけ多くのポイントを考える.